自分には何も無いと思っていた話【2】
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陰転から陽転へ
前回から少し間が空いてしまいました。
今は「あの頃があるから今の私がある」と素直に思えるのですが、当時の頃を思い出すとまぁまぁ暗くなりました。笑
そんな陰転時代続編です。↓の続きです
ありのままの自分を愛して欲しい幻想
あの頃のわたしは、自分で自分を満たすことができないので、そのぽっかり空いた穴を夫に埋めてもらおうと必死でした。
ただただ「賞賛」して欲しがったし、「愛して」欲しいと思っていました。
ありのままの自分を受け止めて欲しい、受け止めてくれない夫が悪い!…そう本気で思っていました。
今思うと、、、、、怖い。です。
ありのままの自分を肯定してくれることが「愛」だと思っていました。
そうは行かない
それで、ですね、
結婚した相手がそれでも受け入れてくれる人だったら、それはそれで「依存」という形になろうとも成り立ったのかもしれないのですが、私の結婚した人はそうはいかない人でした(なんせ月星座水瓶ですから…)
ある日も散々口論になった末、
私は、「私には何も無い…!」と泣き叫びました。
本当に、ここに書くのも恥ずかしいのですが、私は期待していました
「何も無くても君を愛している」という答えを。あー恥ずかしい…!!
そう言ってほしくて、泣き叫んでいたのです。
夫から返ってきた言葉は
「このまま悦子は10年後も『何も無い』っていう気?」
(というような言葉でした)
衝撃でした。
それと同時に「そんなのは絶対嫌だ!」と衝動的に思いました。
夫から愛のおこぼれをもらって、それで自尊心をなんとか保って生きるなんて、嫌!
はっきりとそう思ったのです。
結婚生活の10年間
そう考えると、夫は結婚当初から
「自分の世界を持って欲しい」と一貫して私にメッセージを投げかけてくれていました。
「働いて欲しい」とは言われていましたが、「自分が夢中になれることを仕事にしたら良い」とも言ってくれていた。
それなのに私は「家事育児だけで大変なのに、さらに働けっていうの????」と、まるっきり的外れな受け取り方をしていました。
ずっと、夫は私自身を認めて受け入れてくれていた(言い換えれば“愛してくれていた”)と分かった瞬間です。
ここから自分を取り戻す
そして、そこから私は私と向き合うことを始めました。
「何か始めよう」と思った時に、「子どもの頃好きだったことをやってみると良い」という一文を目にして、小学生の頃に何度も何度も読み返した星占いの本を思い出しました。
▼Instagramより
子どもの頃に好きだったものは、大人の頭で考える「お金になるだろうか?」「仕事になるだろうか?」という打算がないので、純粋に好きな事である確率が高くなるのです。
私は、星占いを学んでみようと決めました。
占いの勉強にのめり込む
当時はまだ末っ子が未就園児だったため、それこそ24時間のうち自分の時間なんてほぼ無いに等しい状況でした。
そんな中でも、「まずは占星術の本を読もう…!」と子どもが昼寝をしている時間に、ひたすら本を読んでいきました。さらに、インターネットで占星術関連の情報を集めてプリントし読み込みました。
子育ては、疲れます。正直、子どもが寝ている時間は自分も寝たい。眠くて、でも文字を追って何度も同じ行を繰り返し読んでしまったり、本を読みながら寝てしまったことも何度もあります。
そんな状態ではありましたが、本やインターネットの情報を吸収している時、私は異常な喜びを感じていました。
そうです。本来の自分に戻っていく、そんな感覚がありました。
子どもの頃から本が大好きだった
わたしは幼い頃から本が大好きでした。新しい知識を得られることがまさに「喜び」であり、それをノートにまとめたりするのも好きでした。
そう、印綬、ですね。
四柱推命の命式では、私は『印綬』という星を主星(中心となる星に持っています)。
最初はここ『印綬』が陽転(星の良いところが出て他の星にも良い影響を与える、物事がスムーズに進む状態)したのだと思います。
またまた長くなったので、次(↓)に続きます。